本田菊の西洋事情

あけましておめでとうございます
年末でピクシブは戸締りしてきました
これからはこの誰も見ていないブログで一人静かに萌えを吐こうと思います
ピクシブを見ているとツイッターで上げたイラストを「ツイlog」としてまとめて投稿している方々がいて、二次創作界はピクシブからツイッターに時代が移っているのねぇと思いつつ、その流れに逆行して今時ブログに引きこもる私
ピクシブは匿名とは言え公の場なので、自分では気にしていないつもりでも投稿する絵にも気を使っていたんですかね。

最近、福沢諭吉の自伝『福翁自伝』を読んだのですが、これが面白くってたまりません。
福沢諭吉はペリー来航後の安政6年に咸臨丸(かんりんまる)でアメリカに渡っています。その後ヨーロッパにも渡っていろいろな経験をしています。日本ではその頃尊王攘夷論の真っただ中で「異人なんかに負けるもんか!片っ端から切り捨てろ!」な風潮でしたが、実際に西洋を見てきた福沢先生は「こりゃ日本は西洋にとてもかなわんわ~」と実感していたので開国論者でした。
その『福翁自伝』のアメリカとヨーロッパ各国での出来事がなんともかともヘタリア的で、それぞれのお国の方のキャラが出ているので「これはヘタリア化するっきゃない」と思い、福沢先生を菊さんの語りにして内容をご紹介したいと思います。
・・・のんびり書いてたら結構長くなってしまいました。

アメリカ編
私、本田菊はこの度アメリカ行の咸臨丸(かんりんまる)にツテでなんとかもぐりこむことに成功しました。幕府のエライさんの荷物持ちとしてですが、別に誰の荷物持ちだっていいんです。ただアメリカに行ってみたかっただけなのです。
それにしても我ながら日本がすごいと思うのは、そもそも初めて日本人が蒸気船を見てから7年、航海を学び始めてからたったの5年でアメリカ人の手を借りずに日本人だけで出帆しようと決断したこの勇気というか大胆さ!たった5年の航海術で太平洋を渡り切ろうとするその事業はまさに偉業というべきでしょう。
航海中の測量もアメリカ人の助けを少しも借りることなく私たちですべて行いました。
日本人も捨てたもんじゃないと思いましたね。
ちなみにこの咸臨丸には坂本竜馬や江戸城明け渡しで有名な勝海舟先生も乗っておられましたが、彼は航海中ひどい船酔いで一歩も部屋から出てこれらず、なんともお気の毒でした。
はてさてそんなこんなで海上つつがなくサンフランシスコに到着しました。

菊「わぁ、たくさんの人々が港で歓迎してくれています。私の人生こんなに誰かに歓迎されたことはありません。感激です」
アメリカ「おおーい!にほーん!!」
菊「おお、あなたはミスターアメリカではないですか!」
アメリカ「日本、遠くまでよく来たね!こんなに早く君が俺の国に来てくれるなんて思ってなかったよ!」
何でしょうかこの歓迎ぶりは。もっと嫌われていると思っていました。ペリー提督が浦賀に来た時は玄関の戸を蹴破って銃口を突き付けながら「カイコクシテクダサーイ」なんて言われて正直「鬼が来た!」としか思っていませんでしたが、アメリカの国民の皆さんはずいぶん雰囲気が違いますね。確かにアメリカ人が初めて日本を開国させてその日本人がアメリカに来たわけですから、たとえば自分の学校から出た生徒が出世して恩師のところに戻ってきたというような嬉しさなのでしょうか。ともかくどこへ行っても至れり尽くせりです。

アメリカ「ヘイ日本、君たちは肉より魚を食べるんだろう?どうだい?魚料理をたくさん用意したよ」
アメリカ「ヘイ日本、君たちは毎日風呂に入るんだろう?君がここにいる間毎日風呂を沸かしてあげるから風呂に入りたいときは遠慮なく言うんだぞ!」

初めてのことばかりでずいぶん恥ずかしいことも経験しました。まずあのシャンパンとかいう酒の徳利の口を開けるだけで恐ろしい音がするのはなんとかなりませんかね。動悸が止まらず乾杯どころじゃありません。あと、吸い殻入れが少ないので吸った煙草を捨てられずこっそり着物の袂に入れておいたら煙が出ました。危うく火だるまでした。
あとこちらの紳士淑女が行うあのダンシングというものはなんとも妙な風でして、座敷中を男女が飛び回るその様はどうにもこうにも可笑しくってたまらないのですが、笑っては失礼なのでお尻をつねって笑いをこらえてそのダンシングとやらを拝見しておりました。

菊「そういえばアメリカさん、アメリカ建国の祖ワシントンの子孫は今どうされているのですか?」
アメリカ「ああ、ジョージかい?ええと確かジョージには一人娘がいたけど、彼の子孫が今どうしているかはちょっと俺は知らないなぁ・・・」
菊「えっ!・・・でもワシントンは建国の祖ですよね。その子孫ですから今でも何かもっとこう大事にされているんじゃないですか?」
アメリカ「う~ん、日本のトノサマと違って大統領は4年交代だし世襲じゃないからね」
菊「なんだか不思議な気がしますね。徳川の時代が長すぎてその感覚がつかめません」

アメリカ「ところで日本、せっかくだから記念に写真を撮らないか?すぐそばに写真屋があるんだ。俺が撮ってあげるよ。」
菊「え?写真とはあれですよね、ふぉとぐらふですよね。いいんですか?いやぜひお願いします。」
アメリカ「はい、じゃ、その椅子に座って。HAHAHA!ほらもっと笑顔、笑顔!顔が引きつってるぞ!」
エミリー「ねぇ兄さん、変わったお客さんが来てるって聞いたんだけど・・・」
アメリカ「おお、エミリー!いいところに来た。君も日本と一緒に撮ってあげるよ。日本もひとりで映るよりこっちの人間と一緒の方がいい思い出になるだろ?」
菊「おおお、アメリカンのレディです!あああ、いいんですか?こんな爺と一緒に写っていただけるんですか?」
アメリカ「エミリーは俺の妹なんだよ。」
菊「ほお、妹さんですか。これはこれは。は、はうおーるどあーゆー?」
エミリー「15よ。よろしくね」
菊「15歳!15歳でこの大人っぽさですか!?いつまでたっても子供のような私の妹とは大違いです」
アメリカ「はい、いくよ!こっち向いて!」
(この福沢諭吉がアメリカ人女性と撮った写真は「福沢諭吉 アメリカ 写真」で画像検索するとすぐに出てきます)

 アメリカさんは非常に良くしてくださいました。咸臨丸をドッグに入れ修繕までしてくださったのにその修繕費用をお支払しようとしても受け取ってくださらないほどです。とても気のいい好青年でした。そして私は貴重な英語辞書を2冊手に入れました。これこそ日本に初めて持ち込まれる英語辞書であります!これで英語を一生懸命勉強します。
なんとも楽しいアメリカ視察の旅でした。

ヨーロッパ編
その数年後、今度は幕府の人間としてヨーロッパへの視察に同行しました。

フランス
菊「とにかく西洋では食事に不自由しますからね、白米をたらふく持って行ってやりましょう。人任せでは何を食わされるかわかったもんじゃありません。ああそれから夜暗いから行燈、提灯も忘れませんね、それとお釜とおひつと七輪も持って行ってやりましょう。うわすごい荷物です」
フランス「日本、よく来たね。まずはお兄さんの歓迎の気持ちを込めてフランス料理のフルコースをご馳走しよう」
菊「び・・・美味でございますぅ~!!」
菊「フランスさん、外は寒いはずなのにどうしてこの建物は暖かいのですか?」
フランス「ああ、このホテルは暖かい空気が循環するように作られているんだよ。部屋も廊下もガス灯が灯っているから不便なことは何もないよね?」
菊「・・・大変お恥ずかしいのですが、私めがはるばる日本から担いできた大量の白米と行燈や七輪、どなたか買い取ってくださる方はいらっしゃいませんか・・・」

イギリス
イギリスではアーサー・カークランド卿がヨーロッパの歴史や社会の仕組みなどを非常に丁寧にご教授くださいましたが、長らく外交をサボり平和ボケして暮らしていた私にはヨーロッパの戦争の歴史はなかなか難しく、一生懸命メモを取っておりましたがいったいどこまで理解できたのか怪しいものです。
ただ渡欧中どこの国でも非常に親切にしていただきまして、今の日本では欧米列強の政府が日本に開国を迫り、日本の弱みに付け込み無理難題を仕掛けて正直困っておりますが、その本国に来てみれば皆さんとても良い方ばかりでますます開国の意志を固めた次第です。

オランダ
各国巡回中、待遇が最も細やかだったのはなんといってもオランダさんです。
なんせ300年来の付き合いですのでまさにツーカーの仲でして、私もまだこのころは英語より蘭語を得意としておりましたので非常に居心地がよく、第二の故郷に帰ったような気でおりました。

菊「ところでオランダさん。このアムステルダムの土地は売買できるのですか?」
オランダ「そんなん出来るわ。」
菊「え?外国人にも売るんですか?」
オランダ「銭次第で誰にでも売ったるわ。」
菊「え?え?ではもしかしてここに外国人が土地を買い占めて城や砲台を作ってしまってもいいんですか?」
オランダ「は?ほんなこと今まで考えたこともないわな。いっくらイギリスやフランスの金満家がおってもよその国に砲台作るようなバカはおりゃせんやざ」
菊「いや、でも・・・」
オランダ「ほんだら爺さん、ここ売ったるで砲台たててみ。」
菊「はぁ・・・。」
オランダさんの銭次第でなんでもやる姿勢はやはり本国に帰っても変わりませんね。というか、今までよく出島で大人しくしてくれていましたね。

ドイツ
菊「実は私、非常に恥ずかしいのですが血を見るのが何よりも怖い人間でして、それ以外のことでしたら鬼でも幽霊でも高所でも怖いと思ったことがないのですが、とにかく血や死人などはどうしても見ることができません・・・って今ちょうどドイツさんのところで西洋医学の視察とか何とか言って外科医の手術を見せられているのですがああああもうおおおおそんなナイフであああああうわうわ血が血が出てますいっぱい出てます血がああああ・・・・・」
ドイツ「おおい、兄さん!病人ひとり追加だ。」
プロイセン「なんだコイツは。血ぃ見ただけで気絶しちまいやがったぜ。先が思いやられるな。」

ロシア
最後はロシアです。ここでも非常に良くして頂いて大変ありがたいのですが、どうやらヨーロッパの他の国とは少し雰囲気が違うようで落ち着きません。なんなんでしょう、薄ら寒いこの気分は。

ロシア「ねえ日本君。君さ、このままロシアに住まない?」
菊「え?いや、私は視察できているだけですからそれは難しいですね。」
ロシア「どうしてかな?そんなの簡単だよ。君がその気になってくれれば僕が上手に隠してあげるよ。ねぇ、君もロシア人になっちゃいなよ。きっと楽しいしお金持ちになれるかもしれないよ、うふふふふ・・・」
菊「ふひゃぁ、ちょっと待ってください待ってください!私は日本人ですから帰りますよ、帰ります、帰してください、ねえちょっと怖いですロシアさんやっぱり怖いですってば!」
ああ、怖かったです。やっぱりロシアの方は何を考えているかよくわかりませんね。アメリカに行った時もこちらヨーロッパのイギリスやフランスでも国民の方で少し仲良くなった方は「日本に行ってみたい」「日本に仕事はあるか」「お前が日本に帰るときに一緒に船に乗せてくれ」なんて言われたことが何度かありましたが、ロシアに来てロシア人になれと言われたのは初めてでした。これが商売上の話ならまだいいのですがどうもそうじゃないようで、政治上、国交際上の意味を含んでいるようでそれが実に恐ろしく気の知れない国でした。

帰国
菊「なんとかヨーロッパからも無事に帰って来られました。そうだ、久しぶりに実家に顔を出しましょうかね。ここんとこずっと妹をひとりで家に待たせっぱなしで便りをやるのもすっかり忘れておりました。」
菊「ただいま~」
桜「・・・!?お兄様!ご、ご無事だったのですか?」
菊「ああ、しばらく便りもせず悪かったな。この通り元気で帰ってきたよ」
桜「元気で帰ってきたよじゃありませんよ!お兄様があんまりにも音沙汰がないから「菊はアメリカで死んで塩漬けにされて江戸に戻ってきた」って村じゅうでウワサになってますよ!」
菊「・・・・・遺憾の意」


『新訂 福翁自伝』 (岩波文庫) 福沢諭吉著
古い言い回しが慣れるまでややこしいけど、ヘタリア化すればどんな本でも読めます。
幕末から明治維新、文明開化の空気がよくわかります。『学問のすすめ』と一緒にどうぞ。
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by ookuma-koguma | 2015-01-07 15:26 | ヘタリア | Comments(0)

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